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INTRODUCTION -はじめに-

BERLINの店先で見つけた、
Quint Buchholz "DIDI UND WILLIE"というお気に入りの1枚。
(クヴィント ブッフホルツ)

               We're HERE !

            こんな風に先の見えない道だけど
           僕らの廻りには何にもないけれど
          きっと2人で手を携えて歩いていけば
           地平線の向こうにある道の先には
  きっと僕らが思いもしなかった幸せな何かがあるようが気がする。

            この2人の初老の紳士のように、
         僕らは一緒に歳を重ねていきたいと思う。

         そして、僕らの目の色 髪の色は違っても
       いずれ時間は僕らの髪を同じ白髪に染めるはず。

      「時間は流れるものじゃない。積み重なるものだ」
           昔どこかで聞いたそんな言葉が
             僕の中でリフレインする。


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Ombra mai fu (♪) 
# by usatoru | 2015-12-31 00:47 | 詩みたいなモノ | Trackback(2) | Comments(123)

生きてる言葉

NHKの朝放送している「朝イチ」でゲスト出演した市原悦子さんが「差別発言」を連発して途中でキャスターが謝罪する、という事態がありネット上でも諸々話題になっています。対談で「日本昔ばなし」の話になった際に、「やまんば」の話が一番好きだと思うという話の流れで、彼女は「私のやまんばの解釈は世の中から外れた人。たとえば『かたわ』になった人、人減らしで捨てられた人、外国から来た『毛唐』でバケモノだと言われた人」云々、、、となったのだけど、正直この流れに僕は違和感を感じない。単純にデジタルに「かたわ」「毛頭」という表現が紋切り型に差別用語として区分されてしまうことに、そもそも「言葉が生きている」という情感的な要素が抜け落ちているからでしょう。

昔ばなしの主人公や登場人物が生きていた「遠い遠い昔」の人たちは隣村に行くのも大旅行、ましてや日本人以外の人なんて一生見ることもない。そんな中で西洋人など見たものならきっとそれは鬼のような顔に見えただろうし、取りすまして「外国人」なんていう言葉も使わず(そんな概念もないだろうし)単に毛頭、という言葉を恐れおののく感覚で使ったのでしょう。きっと、語りべとしてその時空や言葉の「感覚」が身染みているからこそ、市原さんは最もその場で適切な言葉としてのあの言葉を使ったのではないかと僕は思うのです。そもそも、市原さんが差別をしてその言葉を選んだとは思えない。

発した言葉の「カタチ」よりも、その言葉に込められた「思い」に本来の意味があります。出口でルールを作って制するやり方の方が確かに簡単だけど、その前に、言葉を発する人の「こころ」はどのようにあるのか、に意識を向ける方が大事なのに。溢れるほどの愛を込めて「バカヤロー!」と叫ぶことだってある。言葉は乗り物に過ぎない。

今は、写真もフィルムではデータになったことで、バシバシと撮りまくって気にいらない画像は削除するような、何かの一部や、好きなモノだけ取り込んでそれ以外を捨てる文化。音楽だって、アルバム買いをして「お、意外にこの曲もいいな」とかいう感覚よりも、ヒット曲だけをダウンロードして好きなものしか自分のプレイヤーには入っていない。そのこと自体は悪いことではないけれど、自分の価値基準の白黒がはっきりしすぎて、そして物事には文脈や歴史があってそれを俯瞰すると、不要と思ったりネガティブな評価をされているものが、実はとても価値のあるかけがえのないものだったりするこも多々あるはず。

そういえば、「外人」という言葉が差別だとなったいきさつも、僕は未だに???ですね。身近にガイジンがいる身としては。むしろ「外人という言葉は差別用語なんだよ」と教えられて、そういう言葉だと認識するようになる外国人は本当に多いし、例えば栗助だってこの言葉に差別性を感じないと言う。外車と同じ形でできた言葉じゃないかと僕は思うわけ。外国の車、って言うのはメンドクサイから「外車」。外国人っていうのを短く「外人」みたいな。

いずれにしても、今回の騒ぎに関しては法律とかルールなんかより、倫理の方がより本来は人の心や実態に沿った尊いものであることを少なくとも認識する社会が、だんだん遠くなってきた気がする一件でした。


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# by usatoru | 2015-05-25 12:52 | つぶやき | Trackback | Comments(2)

台湾的朋友

先日台湾の友人が旅行で東京に来ていて、彼の招待で彼のご家族・親戚御一行とのディナーに招待されました。台湾語は勿論、北京語、英語、日本語も話す優秀な彼。なかなかのイケメンでもあるんです。ってこれはどうでもいい情報か。

まあ、彼自体はかつて日本に留学していたこともあるし、毎月のように日本に出張があるので会おうと思えばいつでも会えるものの、今回は珍しく家族を連れてのプライベートということで。

彼らの家族親戚と会食する中で思ったこと。
「改めて思う」という言い方が正しいけれど、やはり中華系の人たちの家族の結束とか、人と人がつながること、いわゆるネットワークの強固さ、のようなものです。例えば、僕が言うのも変だけれど、僕は彼の友情や信頼を通してこういう家族の食事の場に招待されるような段階で、既に彼らの中華ネットワークの中に確実に組み込まれているわけです。初対面であっても、彼らと歓談談笑しこういう場で時間を共にすることで、例えるならば彼らは何かにつけ僕の助けになってくれ、そしてそれに応えるべく僕も彼らの何がしかの役に立てれば、という相互扶助のような関係性が生まれるわけです。

それにしても、ここに写真出したいくらいいい男なんだよなあ。て、いうかそんなのどうでもいい話だし、ノンケだしw

ちなみに彼は日本大好き。おそらく日本人以上に日本各地に行っているし、日本文化への造詣も深い。仕事もフリーでバリバリ頑張っているので、割と豊かな暮らしをしている部類だと思います。でも決して豊かな家の出ではないことが、むしろ好感が持てて。いわゆる富裕層の子女といった趣もなく。お母さんは「台湾のお母さん」といった感じの、日本人の感覚からすると見た目はすっかりおばあさんって感じで、足が悪くて車いすで生活されてる。台湾語しか話さないので、僕はお母さんとは話ができない。お父さんは既に他界。でも他の家族・親戚は皆英語を話すでのコミュニケーションは問題なし。

「家族」とか「親戚」という最小単位での「中華コミュニティ」からして、その結束やある種羨ましい限りの互いの信頼や、互いに時間を持てることを大切にする様子などを見ていると、やっぱり大きな意味でこれから経済力をつけていく中で「中華圏」というのは強いな、と思います。ビジネスにタ対する才覚はもともとある人たちだし、そこにドライさと、自己主張やアイデンティティ、そして日本や欧米より深く強い同胞意識。それに、国際順応性みたいなものもあるかな。近代の英国や米国、ソ連などといった大国は、大国であるがゆえに国民が世界に散ることはなかったし、多国語を学ぶこともなかった。

中国人は人生や己の目標を達成することに関して、場所を問わず海外移民もいとわない。言葉もバイリンガルやマルチリンガルであることも少なくない。(まあ、台湾人と中国人は違う!と彼らは言うけれど、大きな意味での中華人という意味でね)

この台湾人の彼も、いずれは日本に帰化したい、と言うのです。
日本が好きであること、そして台湾を愛するものの、台湾の行く末に大きな不安があるのも要因であるようで、いずれ大陸に経済的、あるいは政治的にも統合されていく台湾を予想しているようでもあり。なんていくか、「生きる術」というものに対するドラスティックな決断や方向性を下せることも、日本人にはないコスモポリタンな一面だと思うのです。

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# by usatoru | 2015-05-22 13:47 | つぶやき | Trackback | Comments(2)

弁当2人分

今日は栗助の分の弁当もおつくりしました。基本的にオカズ関係は何も変わらない。お約束は玉子焼きと切干大根、青い野菜の炒め物とプチトマト。これを入れておけば基本的には彩りがよくなる。あとの数品はその時々に冷蔵庫にあった食材を適当に入れる感じで。

今日はホントに手抜き弁当で、しかもまるでベジタリアンな内容。
玉子焼き、トマト、ピーマン炒め、カボチャ煮、切干大根、ひじき煮物。まるで田舎のおばあちゃんのお弁当。動物性たんぱく質一切なしのヘルシー弁当(苦笑)

でも、まあ弁当は1つ作っても2つ作ってもたいして労力は変わらない。まあ、当然のことながら弁当用に作り置いている食材の減り方が早いだけ。なんだか高校生の子供に弁当を作っているお母さんの気分w。

結構弁当は喜んで持っていく栗助。そして、こんな14年以上一緒にいて栗助に弁当持たせたのってここ最近が初めてというのも、なんだか不思議。僕もこれまで自分のを作りつつも「作ってあげようか」と言ったこともなかったのだけど、この間栗助が「僕の分もつくってくれる?」と言ってきたのが発端で。別に意地悪してつくらなかったわけではなくて、お互いの生活のリズムとかいろいろ背景があって。栗助は僕が寝ている間に出ていくことが多い。結構ダイエット気にしてるので、昼は軽く食べるとか、仕事の付き合いで外で食べることも多いだろうし、僕自身も翌日の仕事のスケジュールを考えて確実に社内で食べられる日、かつ前日に弁当制作の体力と時間があるときしか作らないという気ままさの問題がありまして。

そんなこんなで今日のランチは2人でそれぞれの職場で、この弁当を食べてるわけですw
まったくゲイテイストのない、オサレさもキャラ弁のエッセンスのない、「お袋弁当」~

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# by usatoru | 2015-05-20 11:57 | 栗文キッチン | Trackback | Comments(3)

また1つ消える記憶

週末に実家近くにある喫茶店に立ち寄ってみた。ここって僕が高校生の頃、学校の校則違反は勿論親に黙って時々アルバイトをさせてもらっていた、当時に僕にしてみれば「秘密の財布」みたいなとこで(笑)。当時、国鉄が販売していた特急含めた域内鉄道乗り放題の「北海道周遊券」が買いたくて(笑) 確か2週間有効で、5-7万円くらいしたような。一生懸命バイトして貯めて、春休み全部つかってまだ冬景色の北海道を一周して、、、、当時から1人ふらりの放浪癖の片りんを見せてた僕なのです。

高校生の僕は、学校の運動部の部活とは別に、世間的に言う市民オーケストラにも入っていて、その練習の後なんかに仲間たちとお茶を飲んだりしていたのが縁でここのママさんと仲良くなり気に入ってもらい、、、みたいな流れです。ちょうど店もこの頃オープンしたばかりの頃。で、立ち寄ったと言っても実は既に3月に閉店していたことが発覚。立ち寄ろうとして来てみたら、2階にある店の入り口に至る階段にチェーンがかかっていて「3月で閉店しました」という内容の張り紙が。とはいえ、この建物はママさん一家の家でもあって賃貸じゃないわけです。「裏(家)にいるのかなあ」と思いつつ、もう一度下から見上げると、店の窓は空いていてそこから外を眺めているママさん発見。僕が大声で名前を呼ぶと「おーーー!」って感じで手招きしてくれて。

なんかこういう人間関係っていいもんです。僕にとってみれば青春の1ページでもあり、そしてやっぱり閉店となると寂しい。高校生の僕は今やオッサン。ママさんも当時は30ちょっとくらいだったはず。30年前後が経過していたわけで、意外に長い付き合い。いやはや、まあ僕の歳は計算すればおおよそわかると思いますが(笑)。←隠してるわけじゃないけど。

それにしても、なんとも感慨深い。もうお客が入らなくなった店内は少し片付いた雰囲気があって、確かにもうここは営業していないことが分かる。ママさんの趣味で、よくユーミンとかオフコースとか、クラシックがかかっていて、当時はまだスタバやタリーズといった外来種のカフェはなく、せいぜいドトールとかコロラド、高級志向のカフェラミルとかルノアールがあった程度で基本は喫茶店全盛。ここは、ちょっとオシャレで今で言うカフェの走りみたいな店だった。コーヒーの淹れ方は僕はここで取得したし、お陰で高校生の頃からブラックで飲むことを覚えた店。豆の違いもお陰さまでよくわかる。ケーキは種類はいつも5種類程度しかないけれど、全部ママさんの手作り。食事はトースト系とパスタ系が数種程度。

「若くてかわいい」と言われた当時の僕が(爆)、カウンターの中でコーヒーを淹れる姿はOLのお姉さま方にもかわいがられて。ってこれ自分で言うなって話ですが、本当なんですw。それって、今で言うBlue Bottle Coffeeの走りだったのでわ!!!とか思ったりするアホなオッサンになり果てた僕なわけですが。

ママさんとの繋がりはこれからもあるし、裏に住んでるママさん家族とも勿論繋がっているけれど、この店がなくなるのはやっぱり寂しい。うん、書いているとやっぱり寂しい。思い出って基本は頭の中にこそ存在するものかもしれないけれど、それを具現化とか可視化できるものって実際そう多くはないものです。街の景色もやっぱりよくも悪くも変わるものだし、「当時のままそのまま残ってる」というものは本当に貴重な宝物のようなものですね。今回、改めてそう思いながら、その日はもうお店ではなくなった「店内」でお金を払わず、ママの淹れたコーヒーを飲みながら思い出話に華を咲かせたオバサンとオジサンの図・・・。

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# by usatoru | 2015-05-19 18:26 | つぶやき | Trackback | Comments(2)

那須ドライブ

土曜の夜に実家に立ち寄り、かなり久しぶりにその夜は泊って、翌日は晴天に誘われて親を連れて那須方面に日帰りドライブしてきました。いやあ、気持ちのいい日和。自分の親だってケアしなくちゃってことで?(笑)

この滝は思うに超穴場。一応、日曜だしパラパラと人は来るのだけど、全く混雑という感はなし。いきなり田園風景の中に現れ、遠くから眺めるだけの滝と違って間近に見られるので迫力満点。水辺でかつ、ほんの少し風にのって水の飛沫は飛んできて気持ちいい。日本の風景は本当に美しい~

緑と滝の白と青い空。
ここって栃木県で、ちょっと頑張って足を伸ばせば茨城の「袋田の滝」も1時間半くらいでいけそうだったのだけど、日帰りにしては強行軍。栃木と茨城の県境エリアは高速道路からも少し離れているので、ずっと下道ゆえ割と時間がかかる。袋田の滝は僕も行ったことがないので、まあそのうち行ってみよう、栗助でも連れて。

で、袋田の滝は諦めた我が一行は、馬頭広重美術館へ。ここは僕は以前行ったことがあって、決して大きな美術館ではないけれど、東京でいうと青山の根津美術館のような和風な佇まいと、居心地のよい空間が印象深い美術館で。というわけで一家で浮世絵観賞。何かで成功した人のコレクションで、この町に縁があるとか出身だったとかで、膨大な広重のコレクションを寄付したことで開館した美術館。お勧めです。この季節は、背後や庭の竹林が見事。山を借景にして、まさに秋ではないけれど、様々な色の緑の競演でまさに「緑の錦」

それにしても、元気ではあるもののやっぱり両親も歳をとったなあ、と。小さなことでも孝行できるきにしておかないとね。まあ、割とそれは心掛けてはいるのだけど。まあ、僕は栗助のように2カ月間の元気な親との時間ってのは、あり得ないだろうし、こんなたった1日だけのひとときなわけだけど。←少々嫌味成分配合。

家ではいろいろ料理つくってもらって、タッパに入れて家に持ち帰り(笑)。いやあ、これで数日夕食と弁当が楽ちん。なんか、、、ごめんよー、結婚しない息子で。卑下でも自己否定でもなく、やっぱり僕がゲイであることに関しては、なんかやっぱり開口一番には謝ってしまいそうになるのは不思議。まあ、不可抗力とはいえ、「申し訳なさ」があるんだろうな。

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# by usatoru | 2015-05-18 12:39 | | Trackback | Comments(3)

事後報告~

あ、ちなみに栗パパママは先週日曜日の5月10日に(やっと)帰国しました。
やってきたのが3月8日だっただったから(←手帳みないと思いだせないレベルw)まるまる2カ月。ずっとベッタリというわけでもなく、最後の2週間くらいは栗助がどういう言い方をしたのかはしらないけれど、アパートメントホテルに移ってもらったし(勿論穏便に)、僕らもヒマラヤに行ったのであまり接触はなかったけど。今は、キレイに整理整頓された我が家ながら、むしろ何がどこにあるかわからないとか、「整理されているのに、家をひっくり返さないと物が出てこない」という状況の中、「復元」をしている最中という、、、

まあ喉元過ぎれば、ってことで至って普通の生活に2カ月ぶりに戻った今。こういうの、やっぱりいろいろ幣害は多いってのが改めての実感。一緒の「同居」的感覚の中で、でも同居ではなくあくまでも旅行で滞在しているという関係性の中での生活もそうなのだけど、やっぱり栗助に対する不信感は正直払拭できないですね。もちろん、これは感情とか気持ちの問題であって僕らの関係性というか、別れるとか別れないといったことには発展するものではないんですけどねえ。それに、僕自身も、自分自身を振り返って、「どうして自分はもっと大きくどっしり受容できないのだろう」とか、感じてしまうストレスに罪悪感を感じたりとか、自己否定的な感情も同時にあるわけで。

まあ、乱暴に言えば、極度に子離れできてない母と、そしてマザコンってことで・・・。僕と実の両親との関係が、いい意味ですごく互いに独立した関係なんでまさに真逆だから、余計に僕の目に余るのかもしれないですけどね。僕も栗助に対しては、いろいろと直接話はしているけれど、いまさら何かが変わるわけではないと思うので「はいはい、君の人生はママと共にあるってことは改めてよくわかりました」って感じです。嫌味な言い方だけど、本当にそうw。

このブログもいろいろな世代や立場の方が読まれていて特に女性が多いわけだけど、時として姑の立場の方から「そんなに姑というのは邪険に思われるようなものですか・・・・悲しくなります」といった声もないわけじゃないんですけど、人それぞれかな。僕は勿論僕の心の狭さもあるかもしれないけれど、感じたことをそのまま書いてるだけで、必ずしも同じ環境でも僕と同じように思ったりストレスを感じるわけじゃないということで、こういう意見にはごご理解いただきたく(笑)。ちょっと、栗ママ来訪に関しては、ちょっと面白おかしく嫁姑関係を書いてる部分もありますが。

というわけで、皆様どうも2カ月間お騒がせしました~。

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# by usatoru | 2015-05-15 12:56 | 日常生活 | Trackback | Comments(6)

悪徳ブリーダー

犬好きに友人の話。25kgくらいのブルドックをかわいがっていて、血統書から検索してブリーダーが沖縄であることを突き止めて、この子の「両親」に会う旅に出掛けたという、、、まあ、旅行の「きっかけ」というヤツですが、なんとも犬好きかつ自分の「子」を愛する友人らしい。

とはいえ、そのブリーダーに関しては、正確に「どこ」というところまでは突き止められなかったので、現地についてからそれこそ現地の「タウンページ」や、地元の人に話を聞いたりしての、半ば調査の様相だったとか。場所は沖縄本島の南城市。

で、最終的にブルドックを含めたブリーダーをやっているところを突き止め住所もわかったと。ただ、住所の場所に行っても犬舎らしいものもなく、古ぼけた一軒家のようなものがあるだけ。そこの家のオバサンに聞いたら、どうやらこの家がブリーダーらしい。とはいえ、歓迎されているとか、そういうことではないのは明らかで、犬舎の場所などもなんとなくはぐらかされるような感じ。

おおよそ話の流れが見えたかと思います、、、

このオバサンが「イオンの近く」といったようなことをポロっと話したのを友人は聞きもらさず、すぐイオン周辺にいき、地元の人に尋ねたりしながらやっと犬舎を見つけたものの、、、、

「見なかった方がよかった」とは友人の言葉。餌と水こそ与えられるも散歩もさせられず、ただ「出産する機械」かのように飼育というか、ひどい環境の中でたくさんの犬たちがうごめいている状況。。生めなくなった犬は「潰す」というらしい。どうやら殺されるらしい。潰すって、、、鶏や豚といった食用の家畜かのような言葉が一般化しているという恐ろしさ。ブルドックは暑さに弱い犬種らしいのだけど、外飼いだったらしく、しかもそこは沖縄。あの場所で過ごす犬たちの夏を思うだけでも心が重くなると。

彼の飼っていたブルドックの父親にはそれでもなんとか会えたものの、母親は既に「潰されていた」らしい。「ひどいブリーダー」の典型だったパターン。全てのブリーダーがそうでなく、良心的適切な環境の中でのブリーダーもいることは理解しつつ、何かの大会に出すわけでもないのに血統書にこだわりがちな多くの「僕ら」も、どこかでこれらの悪徳業者の片棒をかついるとも言えるかもしれません。

とにかく、心重く、苦しく、行ったことを後悔した旅だったと、友人は何回も言ってました。
またいつか犬を飼いたいと思っている僕ですが、「購入」ではなくて里親で探そうかと改めて思った次第。

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# by usatoru | 2015-05-13 12:56 | つぶやき | Trackback | Comments(6)

ヒマラヤ旅情-2

朝食、夕食やお茶の時間にと何かと通い、コーナーのベストシートを確保して2人で爽やかな山の風景を楽しんだテラス。

サロン風の部屋で、しばしゆっくりと過ごすのもオツ。外の明るさとは対照的に、部屋の中に遠慮がちに入ってくるような外の光がむしろ優しく感じるような。窓の外に見えるヒマラヤ杉の木漏れ日も心地よい。

ヒマラヤの山中をトレッキング。ニホンザル?のような猿がたくさんいる。あれって日本固有種じゃないのか、、、こんな遠く離れたインドの山中でニホンザルを見る不思議。この辺はまだ木々も多く、厳しい岩肌を持つような「ヒマラヤ」の様相はまだなし。

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# by usatoru | 2015-05-12 07:45 | | Trackback | Comments(2)

ヒマラヤ旅情

ホテルのクルマで空港から5時間かけて到着したヒマラヤ山中のホテル。まあ別世界。おそらく幕末や明治の開国時の箱根の富士屋ホテルとか、日光の金谷ホテルあたりは、おそらく空気としてこんな感じだったのではないかなあ、と思った次第。ホテルの外と中の世界が違いすぎる。

もともとは植民地時代の英国貴族のサマ―ハウスがあったとか、そんなようなHISTORYがホテルの説明には書いてありました。僕らの部屋はヒマラヤの山並みを一望できる部屋も広めのマウンテンビュー。視線の高さにヒマラヤの稜線を捉える事ができる不思議。鳥が鳴き、心なしかそれがすごく澄んで聞こえる。空が近く、そして空気はちょっと薄い(笑)。この写真はまさに陽が昇ろうとするヒマラヤの峰。部屋からこれを眺める贅沢。

食事をするダイニングは広いテラスがあり、多くの客はやっぱりオープンテラスでの食事を楽しみ見ます。日本人は僕1人、というかインド人富裕層以外がアジア人はいなかったな。あとはおそらくイギリス人が多かった。ここのホテルは栗助も、これまで僕と一緒に旅したホテルの中でも「2位」だとかなりお気に入りの様子。一応、ホテルの名前書いておきましょうか。The Oberoi Wild FlowerHall in Hymalaya。やっぱりこの立地と、そしてホテル側のホスピタリティが最高なのは確か。インド人は男性も女性も賢そうでキレイ(笑)

ホテルや部屋の内装は、英国貴族の館調。以前、何度か行った知人の英国公爵家の城の中ってまさにこんな感じ。まあホンモノの方がもっとシックで壁には目が飛び出るような高価な絵画が数多く飾られていたけれど。まあ、基本ここはホテルだしねw。ビリヤードの部屋とか、バーとか、スパもあって、それぞれ薫る英国のハイソな雰囲気。

3泊してトレッキングで山中を歩いた以外は基本的にほぼホテル内でゆっくり。山眺めたり、テラスでお茶したり、スパ行ったりとか。なんか景色があるだけで「ごちそう」。空気もいいし。ホテルのエントランスの前は広々とした芝生が広がっていて、結構そこでくつろぐ客も多かった。暑いインドにあって、この気候は(夏に限っての話だだろうけど)まさに別天地、天国。

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# by usatoru | 2015-05-11 12:28 | | Trackback | Comments(2)