2011年 03月 29日
視点を変えて。 |
東京の状況は、基本的には生活には何の支障もありません。強いて言えば「超便利」だった生活が「便利」になってしまった・・・と表現する程度の状態だと思っていただければいいのではないかと。おおよそ23区内に限っては計画停電はないので、僕自身は停電による生活被害はありません。ガソリン不足も今や解消したようです。牛乳やトイレットペーパーなども若干品薄感を感じますが、それは以前との比較による「感覚」でしかないようにも思います。以前はドラッグストアの店頭に山積みになっていたティッシュが、今は棚の上に収まる程度しかないとか、牛乳の購入数が制限されていたりとか。でも、モノがないわけでもなく、そして電力に関しても被災地や様々な影響を考えて、多くの家庭や企業が率先して節電に努めているという状況。地下鉄や鉄道の本数も減りました。照明を落とし街は以前の明るすぎる街から、普通に明るい街になりました。以前と比べれば「暗い」と表現することになります。でも、例えればパリよりは明るいと思います(笑)。今の東京の状況であったとしても、実際問題として世界の他の都市に比べれば、それでも豊かな街なのではないかと思います。
比喩として、僕は思うのは、日本がGDPが中国に抜かれて経済大国2位から3位に後退したことを、まるで日本経済の没落と世界市場からの退場を促されるかのような悲観的空気になったことと、今の東京の状況はちょっと似ていると思います。世界屈指の近代的巨大都市が震災の影響で超先進、超便利な生活から、先進で便利な生活になってしまった・・・と嘆いているようなものかと。
勿論、東京における今回の影響は震災や津波という自然災害よりも、それに派生して起こった二次災害的な原発事故の影響によるものです。電力不足、これから夏にかけての絶対的な電力供給不足の懸念、土壌や空気、水に対する放射性物質の影響や懸念は、人の健康や食糧問題にも及びます。
明るい春の日差しの空を見上げれな、真っ青な空が気持ちいい。だけど、このきれいに見える空気の中には、きっと確かに目には見えない放射性物質が福島から漂ってきていて・・・と思うと、心なしあまり深呼吸をしないように静かに呼吸をするような部分があります。人の気持ちはいろいろな意味で恐ろしい。冷静に日常生活を今まで通りに再開している多くの東京の人たちも、決して何の不安や懸念がないわけではない。だけど、もしかしたら杞憂にすぎないしなくてもよい不安かもしれない。だけど、そのことがわかるのはきっと時間が経過してからの話であるわけです。とにかく、今は、無意識のストレスも多い生活ではあるものの、日常生活を行える人間は、東京の人間であろうとそれ以外に地域や西日本の人であろうと、皆が残っているパワーで最大限の、今まで通りの経済活動をすることが実は大切。自粛と不謹慎という言葉だけが独り歩きし、そうさせる気持ちがますます世の中を暗く、先の見えない未来へと誘う結果になるんです。
by usatoru
| 2011-03-29 21:03
| 日常生活
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