2012年 09月 28日
心に響く歌 |
その歌声の素晴らしいこと!ここで働いているスタッフは、もしかしたらプロの合唱団の人たちがアルバイトでもしているのではないかと思うくらい。女性と男性でちゃんとパートも分かれていて、そのメロディの美しさとハーモニー。食事をしていた人達は皆手を止め、オープンテラス風のレストランだったので外を歩く人たちも皆足を止め。
これも文化ですね。にこやかに食事をサーブするコロコロとふくよかな女性達。女性に比べると長身でガッチリとした体格の多い大柄な男性たち。南国らしく、決してキビキビとした動きを見せるわけではないけれど、そんな彼らがまるで隠し芸かのように、きっと小さい頃から空気のように慣れ親しんできた歌であり行為なのだろう、って感じでした。僕もお金払いたいくらいでしたもん。鳥肌立って感動して、フィジー語の歌は意味はわからないけれどちょい涙が出ました。(そういえば、空港も到着したら突然歌で迎えられました<笑)
これ、どうやら送別の歌だったようです。美しく明るい中にもどこか悲哀のある旋律だったし、途中代表者が座っているスタッフに向かって「送別の言葉」らしいことを述べている。その間は、バックのコーラスもちゃんと音量が下がる。それが終わるとまたフルボリュームになって最後は皆でその人に向かって全員が笑顔で手を振りながら歌は終わる・・・。座って聞いていたスタッフは、涙を拭って歌い終わった仲間とハグをする。
ホント素晴らしいものを見せてもらった感じです。言ってみればアメリカの黒人の人たちのゴスペルを突然聞いたような感じ?ここは、リゾート地のホテルのレストランであり、スタッフの送別にも演出を加えて観光客に対するサービスの一環としてのものだったかもしれない。そうだとしても!あの歌声は、無理やり歌わされたり一朝一夕に練習してできりハーモニーではないことは、素人の僕にもわかります。あの歌、そして歌うことが幼い頃より彼らの人生の一部として存在していることがよくわかるし、見えないけれど心がある。
彼らの歌には、自然に耳を傾け、聞き入らせるような不思議いな力がありました。心に沁みわたり、思わず体が止まり全神経が耳に集中。ビジネスやサービスの一環として、日本でもレストランやマクドナルドなどでも誕生日にスタッフが歌を歌ってくれますよね?そして、歌われた本人やテーブルの人は、むしろ気恥ずかしく、そして歌っているスタッフも、まあ心はあるんでしょうが、どこか歌うことに気恥ずかしさが隠せず(カラオケではあんなに爆発するくせに!<笑)その恥じらいがどこか一人一人の歌声ににじみ出てしまってせっかくの演出が客にとってもスタッフにとっても「こっ恥ずかしい時間」のような残念なものになってしまってる。スタッフ一人一人が持ち得る「最高の歌声」で歌ってはいない。
歌で人を送り出す。いいですね。その光景は目に焼き付き、そしてその旋律は生涯忘れえぬものになるでしょう。多分、今回彼らが歌った曲も、日本で言えば「蛍の光」のような定番の別れの曲で、誰しもが口ずさみ歌詞を覚えているようなものだと思います。日本でも、僕を含めて様々な送別会が幾度となくあります。会社での送別会というと、まあたいがい夜仕事が終わってからの結局は送別会という名の「宴会」ですよね、飲み屋あたりで。あれはあれでいいんですけど、実際僕もこれまで何度か自分のための送別会を経験したけれど、その事実は覚えていても内容を全く覚えていないのです。どこの店だったか、誰がいたのか、、、、自分はもとより普段の飲み会や同僚などの送別会などは数知れず、その中に埋もれてしまって識別できなくなっている。仮に、、、定時が過ぎたオフィスで、皆が自分のためにこのフィジアン達のような心洗われるような、心籠った歌声を送別として贈ってくれたら、、、まあ、やはり恥ずかしい感じはするだろうけれど、きっと飲み会では全く感じない感動と共に生涯忘れない送別会と、仲間のまごころを感じるんだろうなあ、なんて。でもまあ、日本ではやっぱ恥ずかしいか(笑)。
「心とは」・・・そんなことを感じさせる爽やかな朝でした。
by usatoru
| 2012-09-28 18:54
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