2011年 03月 25日
日常の感謝 |


日々の生活のふとしたことが大切に思え、有難さや幸せを感じるようにもなりました。食事ができることの有難さ、家族や人を想いやる気持ち、モノを大切にする気持ち。節電という強制力ではなく純粋に限りある資源を大切にしようとする気持ち、熱いお風呂に入れることの幸せ、外食のとき出される1杯のお茶や水に対する感謝の気持ち。そして水を求める被災地の人がいる一方で部屋の植物に水を遣っている自分自身への様々な問い。多分、今日本人全員が様々なことを想い、振り返り、ある種優しい気持ちになっています。
戦争を知らない世代の僕ですが、それでも高度経済成長期だった僕の子供の頃にはまだ少しだけ戦争の面影が残っていて、戦争で旦那さんを失くした近所のオバサンとか、戦争で片腕をなくしたオジサンなんかがいたりしました。戦前の日本は、それこそ決して世界有数の経済大国ではなかったものの、それでも世界的に見れば欧米ほどの経済力や軍事力はなくともデータとしては世界で10指に入るいわゆる「列強」としてのポジションは得ていました。その国が、戦争でボロボロになり国土が焼け野原になり、飢えに苦しみつつもゼロからの復興を遂げたことを思えば、今回のこの震災からの復興を考える励みになります。でも忘れてはならないのは、この戦後の復興は多くの人たちの忍耐と強い決意の上に存在したことでしょう。今の僕たちに求められるのは、プアーリッチのような力も背景もないのに無理な生活をすることではなく、僕は決して右翼でもなんでもないのだけれど、敗戦のときに玉音放送のように「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び・・・」の覚悟で、これからの未来を築こうとする強さであるような気がします。
夕べも今朝も東京は結構揺れを感じました。まだ余震の恐怖は無縁ではありません。夜中にふいに携帯がブザーのような音で鳴り響く政府からの「緊急地震速報」。あれには本当にドキリとします。実は先日の欧州出張でも、同じく欧州出張中の栗助に現地で会いました。家族は、やはり大切ですね。

by usatoru
| 2011-03-25 00:15
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Comments(3)

1987年から6年間をドイツで過ごした私は、日本赤十字社のガイドラインによって、いくら自ら欲しても献血をできません。なぜならチェルノブイリの事故の翌年からの駐在だったから、、。当時よくいわれたのは、”牛乳、きのこ、葉ものを食べるな”!注意したのは数ヶ月だったでしょうか。三年後に生まれた娘はめでたく成人し、医学生生活を謳歌しています。ちょっぴりグラマーちゃんで空手部にはいり週三回の本気の体育会系。母子ともに献血できないことを除けば至って健康。『転ばぬ先の杖』は大切なことですが、いつもそれにすがっていると一寸先のことしか見えなくなってしまいます。
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こんにちは。札幌のyumikoと申します。
だいぶ前に1,2度コメントさせていただいたことがあると思います。
ブログは時々読ませていただいていましたがコメントはお久しぶりです。
札幌は震災の影響は特になく、依然と変わらない日常です。
たぶん地続きではない分名古屋よりももっと平和感があるのだと思います。
でも私も震災の報道をみるにつけ心が張り裂けるようで、そうして日常に感謝するようになりました。
知人と話していたのですが、今回の震災によって私たち日本人は生活の根本から見直さなくてはならなくなると。そんな問いのようなものがあるし、それに対して叡智ある未来を切り開くのが被災しなかったものや残されたものの使命だと。
また、北海道にも泊原発がありますが、そのことについて今まで全く無知であり、日本せめて地域の事をよく勉強しなくてはならないと思っています。
でもこんなに平和な札幌でも昨日一部のスーパーでは水が消えました。
トイレットペーパーのストックを余分にかったという人もいました。
希望をもちよく考えられた未来を望みつつも、その障害になるのもまた人なのだと思ったりしています。
だいぶ前に1,2度コメントさせていただいたことがあると思います。
ブログは時々読ませていただいていましたがコメントはお久しぶりです。
札幌は震災の影響は特になく、依然と変わらない日常です。
たぶん地続きではない分名古屋よりももっと平和感があるのだと思います。
でも私も震災の報道をみるにつけ心が張り裂けるようで、そうして日常に感謝するようになりました。
知人と話していたのですが、今回の震災によって私たち日本人は生活の根本から見直さなくてはならなくなると。そんな問いのようなものがあるし、それに対して叡智ある未来を切り開くのが被災しなかったものや残されたものの使命だと。
また、北海道にも泊原発がありますが、そのことについて今まで全く無知であり、日本せめて地域の事をよく勉強しなくてはならないと思っています。
でもこんなに平和な札幌でも昨日一部のスーパーでは水が消えました。
トイレットペーパーのストックを余分にかったという人もいました。
希望をもちよく考えられた未来を望みつつも、その障害になるのもまた人なのだと思ったりしています。

中国の友人から昨日届いたメールに、
「日本は『アジアの奇跡』と言われてきました。
だから必ず回復すると信じています」と書かれていました。
文太さんの「これからの未来を築こうとする強さであるような気がします。」を
中国の人もそう信じてくれていることに、
嬉しく、またその励ましがありがたいと思いました。
また中国の会社の従業員の方々で支援募金をしてくれて、
現地領事館を通じて寄付してくれたともありました。
やさしい気持ちと大切なお金が、
他国のごく一般の方々からも送られています。
文太さんの「ある種優しい気持ちになっています。」は、
日本だけでなく、海の向こうにも広がっているのですね。
「日本は『アジアの奇跡』と言われてきました。
だから必ず回復すると信じています」と書かれていました。
文太さんの「これからの未来を築こうとする強さであるような気がします。」を
中国の人もそう信じてくれていることに、
嬉しく、またその励ましがありがたいと思いました。
また中国の会社の従業員の方々で支援募金をしてくれて、
現地領事館を通じて寄付してくれたともありました。
やさしい気持ちと大切なお金が、
他国のごく一般の方々からも送られています。
文太さんの「ある種優しい気持ちになっています。」は、
日本だけでなく、海の向こうにも広がっているのですね。