2020年 07月 29日
てるてる坊主 |
今年の梅雨は、いわゆる「梅雨らしい」という天候と言えるんでしょうね。加えて、本当に太陽の光を見ることが少なくて、そして1日雨が降り続けるというよりはどんよりとした曇り空が続き、傘が手放せないといったような。そして、各地で豪雨による水害も多く、必ずしも梅雨というしとしとと雨が降るしっとりとした風情、という感じでもないという、、、
旅先でこんなのを見かけました。テルテル坊主。なんかね、こういう風情という心持ちの余裕とかって、僕ら忘れているなあと思いました。見てほっこりとしたし、そんな自省のような感覚も覚えました。
旅先でこんなのを見かけました。テルテル坊主。なんかね、こういう風情という心持ちの余裕とかって、僕ら忘れているなあと思いました。見てほっこりとしたし、そんな自省のような感覚も覚えました。
雨が続いているなあ、、、
洗濯もの乾かないなあ、、、
ぜんぜん晴れないなあ、、、
そんなときに「てるてる坊主でも下げようか!」って思う心を持つ人って、きっと素敵な人です。僕の子供の頃は、例えば遠足だの、運動会だの、そんなときの前日はてるてる坊主をつくったんだか作らされたのだか覚えてないけれど(笑)、やっぱり作って家に下げた記憶があります。僕くらいの世代までの話かな。
今は、、、僕は子供がいないからわからないけど幼稚園であれば、こんなことはするのかな。でも、こういう風習とか日常生活でのささやかな願い、梅雨のうつうつとした空気を楽しくしたい、なんていう遊び心で、子供に「てるてる坊主つくってお願いしよう!」って言える情緒や感性を持つ大人がいなくなってしまったってことなんだろうなあ、と思うわけです。つまりは、その大人って、子供を持つ僕ら世代の話なんだけれども。
「あのね、文太さん。今の子供って変に大人びているし、そもそも昔と違って三世代同居でもないから親は現実的な子供の世話でそれどころじゃないの!」って、怒られちゃいそうですけど。それはおそらく間違いないでしょうね。大人としての自分の時間と子供や家庭の時間の両立、そんな中での仕事としての効率。でも、子育てって仕事じゃないし、義務感やペットの世話でもない。人間を作り育てる、おそらく人間に与えられた最大のクリエイティブで自分自身の成長も踏まえた偉大なアクティビティだと、僕なんか思ってしまうわけです。
時代は違うし、環境も価値観も昔と違う。
でも、それは確かにそうだけど、僕は昔つくったてるてる坊主の記憶とか、川の土手でヨモギを積んですり潰し祖母がつくってくれたよもぎ饅頭とか(笑)、河原で菖蒲やあやめの葉で船をつくって流れていくさまを眺める時間とか、今になってすごく懐かしく思い出すし、その情景や子供の僕のまわりにいた大人たちの愛情とかいいろんなものを感じるわけ。そして、あの時間や、そしてそうしてくれた大人たちに「ありがとう」って思うのです。それって幸せな時間です。なんか、今の時代でいう幸せって変に大きなことだったり、現実的な何かだったり、溢れる変な自己啓発本に毒されているようなところがあるけれど、本当はこんなことで人間って幸せを感じられる感性を持っているのに、そういうものを与えることもなく、そして子供で言えば体験することなく大人になっていってしまうのが今なのかもしれません。残念だけど。
勿論、幼児体験として僕の中で今は美化してしまっている側面もあるだろうし、実際には生意気言ったり決してかわいく行儀のよい子供でもなかったかもしれないけど、まあ子供ってそもそもそんなもん。とかなんとか、僕が育児論とかこの手の話をすること自体、なんの経験もないのに滑稽でしかないわけだけど、なんかこのてるてる坊主は、僕にいろいろと温かい気持ちを思い起こさせ、ちょっと子供の頃のことを思い出したりしながら、いろんなことを想い、考えさせてくれた風景でした。
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by usatoru
| 2020-07-29 12:15
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